私は現在自分の好きなメイク、服装で生活ができています。
しかし、最初からこの生活を送れているわけではありません。
私にもカミングアウトの瞬間がありました。
緊張の一声
「あのさ、もし…自分(私)が実…実は女だったって…言ったら…どうする?」
命を振り絞って息も絶え絶えに放った私の言葉に母は混乱したことだろう。
「は?何言ってんの??」
状況把握が追い付かない母をよそに、事前に取得していた「性同一性障害」と書かれた診断書を母の前に差し出した。
「ずっと女になりたかった…」
その言葉が聞こえていたかはわからない。
二十数年間息子として育ててきた子供の衝撃の一言。
当然すぐには消化されるはずもなく、その返答は翌日以降に持ち越された。
数日後、私は話を切り出した。
「この前のことだけど…」
私が言いかけたのとほぼ同時に母はかぶせるように「なんで?」と聞いてきた。
見えない「女らしさ」
私は小さいころからいわゆる「女の子っぽいもの」に興味を示していたわけではなく、むしろ「男の子っぽいもの」が好きだった。
よく言うランドセルの色のことを思い返しても別に黒でも嫌じゃなかった。
物心ついたときに好きだったものは恐竜。
恐竜が闊歩する中生代の地球にロマンを感じていた。
小学校の夏休みは家族で泊りがけの旅行に毎年行った。
それは決まって博物館のある場所。
国立科学博物館、幕張メッセで開催された恐竜博、いわき市石炭化石館、群馬県立自然史博物館、福井県立恐竜博物館。
全てを恐竜に捧げていた。
しかし、中学生に上がると「まだ恐竜とか言ってんのかよ」と同級生から馬鹿にされ始めた。
好きなものを好きと言えなくなって私は辛かった。
恐竜博士になりたかった。
つまり「男の子向け」「女の子向け」で分けてしまうと、表面的にはどう見ても疑いの余地がない「男の子」だった。
だからこそ葛藤に葛藤を重ねた。
カミングアウトをすることもそうだし、表面的には自分が女だという確証もなかったから。
母を混乱させてしまったのは私の「男の子」の面をずっと見てきたからだと思う。
男としての生きづらさ
「女らしさ」が見えなかったとしても私は男として生活することが何より辛かった。
男子トイレを使うのが無理だったことを母に白状した。
一人でも男子がいる環境では反射的にトイレができなくなる現状が昔からあり、それが今も続いていることを。
水分も控えているし健康面でキツイと感じることが多いことを。
高校の修学旅行で男子に裸を盗撮されて私が涙を流したことを。
盗撮された瞬間に「私は絶対に男ではない!」と強く思ってしまったことを。
私がいじめを受けたとき、そのいじめから救い出してくれた男子をカッコいいと思ったことを。
大学時代は研究テーマを「終末期医療」「自殺ほう助」にした。
それは「死」に関することを知れば自分の命の終わりが見え、楽になれる気がしたから。
就職してからは何をしようにも「男なんだから」「男なのに」余計な枕詞が常について回った。
男として扱われるのが苦痛で、美しくなりたくて。
メイクの勉強を始めた。
溜まった鬱憤の行き場もなく、衝動的にサンリオピューロランドに行った。
すると、「あぁ、これだ…!」
ぽっかり空いた心のピースが埋まった気がした。
それからは月1で行くようになり、週1で行くようになった。
しかし、コロナで行けなくなって心の支えが無くなっていた。
母の返答、知ることから始める家族の再スタート
母に話すと、「これからどんな困難が立ちはだかるのか想像したの?これからの人生設計を紙にまとめて見せなさい」と言われた。
拒絶され、追い出され、縁を切られると思っていた私は母の優しさに震えた。
自分なりに調べ、考え、父とも母とも話し合いを重ねた。
ホルモン注射や性別適合手術のこと。副作用のこと。今後やっていきたいこと。
始めはトランスジェンダーについて本を読んで、学んだことを共有しようとした。
しかし性を構成する要素や指向の話をはじめ、調べれば調べるほどトランスジェンダーだけでは知識が足りないと気づくようになった。
伝えるだけの知識を得るには他のマイノリティについても学ばなければならないことが山ほどあるぞ。
それに気づいてからは学びのありそうなテレビ番組も可能な限り録画して一緒に見て考えた。
するとわかってきたことがあった。
トランスジェンダーだったらこう、ゲイだったらこう、家族のありかた。
固定概念にとらわれていたのは私たちだったのだ。
『同じである必要はない』『私は私、メイクをしても服を変えても本質は何も変わらない』『家族の形も変わらない』
知識の共有をすると少しずつではあるものの、家族は「応援する」と言ってくれるようになった。
まとめ
当時を思い出すと私のカミングアウトはなかなかに乱暴だったと思う。
一方的に「診断書があるから認めてくれ」は建設的ではないし、場合によっては一発で家族の絆を壊すかもしれない。
しかし、LGBTQについてまじめに考え、家族内で討論する場を設けることに関しては我ながらにやってよかったと思っている。
多様な価値観に触れる絶好のチャンスであり、私も含め家族が持つマイノリティへのイメージを変えられたからだ。
カミングアウトをするかどうかは本人の自由であって、しない選択もある。
私もあれほどに緊張した経験は他にはない。
仮にこれからカミングアウトを考えている人がいれば伝えたいことがある。
特に重要なのはカミングアウトの先にある家族との対話だということ。
私の場合は知ることに重きを置いた。
自分のやっていきたいことを「知る」。マイノリティについて「知る」。家族の考えを「知る」。
カミングアウトはして終わりではない。
本心の告白に踏み切ろうとしているのは自分が大切に想う家族に本来の自分を知ってほしいと思っているからではないだろうか。
カミングアウトを受けた家族にも考えがあるし、突然の告白に一番困惑するのは家族だ。
返答を急かさず、急がず、少しずつ、お互いに知って考えて歩み寄っていく。
そうやって行けば、より良好な関係が築けると私は考えている。

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