今回は私が本当に大切にしている、生きる指針にしている歌について書いていきます。
この記事はあくまでも私が進むべきみちを見失いそうなときに原点に立ち返るためのものなので、悪しからず。
玉置浩二 「しあわせのランプ」

この歌は私の命を繋ぎ止めた。
私は追い詰められた時に部屋のぬいぐるみをゴミ袋に詰め、収納を乱雑にひっくり返した。
それは私の生きた痕跡をすべて抹消するため。
ひっそりと天の迎えを待つ準備をしていた。
しかし、それを見つけて救い出してくれたのが母。
夜通しすすり泣く私の背中をさすってくれた。
しばらくして…
少し落ち着いた私に母はLINEを贈った。
LINEを確認すると動画サイトのリンクが貼られていた。
それが「しあわせのランプ」。
“しあわせになるために生まれてきたんだから
好きな人と一緒にいなさい
大切なことなんかわかってくるんだから
好きなことをやっていきなさい”
玉置さんのやさしい歌声に支えられた。
母の応援に支えられた。
正直、この世は私が生きるには荷が重いと感じていた。
諦めかけていた。
それでも何かに、どこかに、救いがある。
好きにしていれば何か見つかる。
生きよう。
私が少し前向きになれた瞬間だった。
amazarashi 「鴉と白鳥」

「普通」がわからなくなった時期によく聴いていた歌。
「男でいることに疲れた…」
私がMtFであることをカミングアウトをしたとき、弟に勧められた歌だ。
私はかつて人と違う自分を恨み憎んでいた。
私を貶めたヤツをつるし上げてやろうと思うこともあったし、その数は数えきれない。
しかし…
鴉と白鳥を初めて聴いた時、不意に涙が溢れた。
弟に打ち明けられた安心か。
秋田さんの歌声なのか、歌詞なのか。
いや、全部だろう。
“普通じゃないのは人と違うから
人と違う二人が揃えば僕らだけの普通”
人生がより良い方向に進むようにと願ってくれた弟には感謝してもしきれない。
この歌のおかげでネガティブだった考えが覆り、居場所を求めて動き始めることができた。
玉置浩二 「サーチライト」

「しあわせのランプ」で玉置さんの歌声に救われた私は時間をかけて「大切なこと」を見つけた。
それは私が生涯を通して全うしていくべき二つの指針。
1 新たな名で自分らしく生きること。
2 多様な人のしあわせを願って自ら行動していくこと。
自分のことだけはでなく、周りの人のことを想って何かできればいいなと考えたときに「サーチライト」は私の願いとマッチした。背中を押された。
“怖くて寒くて眠れなくなって
誰かの胸を探した夜に
必ず君を照らすサーチライトに
僕はなれるかな なれるかな”
私の経験した悲しみ、苦しみは今の自分の糧になっている。
そして同じく悲しみを抱える人には手を差し伸べたい。
そのままでいい。
しあわせを願い続けよう。
誰かにとってのサーチライトになろう。
玉置浩二 「JUNK LAND」

どんな逆境があろうとも乗り越えられる。
そんな力強いメッセージを感じる歌。
“待ってる人のその前で
泣いてる人のその前で
困ってる人のその前で
迷ってる人のその前で
笑ってる人のその前で
祈ってる人のその前で
遊んでる人のその前で
愛してる人のその前で
大丈夫だよって言いたくて
一緒にグラグラんなって”
私を含め、人はたくさんの想いを抱えながら生きている。
表立った感情の裏にあるのは不安だったり迷いだったりするのかもしれない。
いろいろな人の感情を私も一緒に共有する。
何もできないかもしれないけれど、それで救われる人が一人でもいるのなら私は「大丈夫だよ」って言い続けたい。
私は完璧じゃない。
ガラクタかもしれないけれど、できる範囲で大丈夫と言おう。
玉置浩二 「田園」

私は玉置さんのツアーコンサートで生の歌声を聴いた。
会場全体で一つになり、最後はスタンディングオベーション。
あの玉置さんの歌声、あの東京フィルの演奏、あの会場の空気感。
私の感情の高ぶりはコンサートの後、全身の震えが物語っていた。
『命を繋ぎ止めてくれた人の歌声を
画面越しではなく、生で聴けた』
このことは私にとって本当に大きい。
「しあわせのランプ」に救われた時、コンサートに行ってみたいと思った私。
その時はどちらかというと「傷を癒すため」という意味合いがあった。
しかし、実際にコンサートに行くと、再出発のためのエンジンをかけるような、とても前向きな気持ちを持つためのきっかけになったような気がする。
生演奏の持つ力を心の底から感じた私は、田園を聴く度に「私もここまで前向きな気持ちを持てるようになったんだ」と思えるようになった。
“カッコつけてないで
やれるもんだけで
毎日何かを頑張っていりゃ”
“生きていくんだ それでいいんだ
ビルに飲み込まれ 街にはじかれて
それでもその手を離さないで
僕がいるんだ君もいるんだ
みんなここにいる
愛はどこへもいかない”
「愛」があれば何でもできる。
そんな気がする。
そして忘れない。
家族の想いを。
歌を通して私のみちを指し示してくれた。
自分らしく生きようと思った。
最後に
「今の私」はこの5つの歌、どれが欠けてもなかったと思っています。
家に閉じこもっていたのかもしれない。
居場所なく絶望に打ちひしがれていたのかもしれない。
「普通」に埋もれようと必死にもがき続けたのかもしれない。
ですが、今は人の価値観に埋もれなくても「私は私」でいいと思えるようになりました。
私は最近になってブログを始めたばかりです。
発信をすることで以前よりもさらに考えるようになったのですが、考えるようになると今までとはまた違う迷いや不安などの感情が募ることもあるのです。
迷うときはここに戻ろう
それをキーワードに文字に起こしました。
私にとっては何が心揺さぶられるポイントだったのか。
「苦しかったあの時を、私はこの歌で乗り越えたんだ!」
そう思うことができればとりあえずはいいかなと思います。
今回の記事はあえて動画のリンクなどは貼っていません。
ですが、少しでも気になっていずれかの歌を検索する方の心には多分に響くことと想像します。
メッセージ
ここに立ち返ってきた私へ。
大丈夫!
あなたのみちは間違っていない!


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